あたらしい私になって

ひさしぶりもいいところ、3ヶ月ぶりの更新。
先月おかげさまで19才になりました。ついにラストティーーーン。
相変わらず部活は忙しくて楽しくて、夏休みの合宿もよくがんばった。
大学の長ーい夏休みも今週で終わって、また学校が始まります。ゆううつだな…




先日、岸田くんと別れました。
なんだろう、だいっきらいになって別れた訳ではないし格別大きな喧嘩をした訳でもない。
タイミングというか時期というか、そういうものが本当にいつでも大事なんだって実感。
わたしから別れようって言ったけど、たぶん今のわたしが去年までのわたしと同じだったら、別れることはなかったのかも知れないなと思う。
いろいろ変わっていくものだから仕方がないよね。


受験があったり大学に入って忙しい忙しいと言って気付かないでいるうちに、私のなかでお父さんのことが薄れていきそうで不安で仕方なくて、
忘れていくことは人間の作り的にただしいことなのかも知れないし、いつまでもお父さんのことだけ考えて生きていくことはできないし、でも忘れたくないし、の繰り返し、、、
そういう自分のなかのもやもやにうすうす気付いてはいたものの、学校の課題やら部活やら忙しくて。
多忙の岸田くんからの連絡はあまり来ず、連絡してもやっぱり忙しそうで、
久しぶりに会う日を指折り数えて出掛けていっても、部活で疲れたってすぐ帰ろうと言われたりして、ほんとうに私のこと考えてくれてたらそういうことできないでしょってことが多くてそれにももやもや。
そういうことを伝えてもまた似たようなことをされるから、なんかな、って思うことが多くなった。
夏休みのハードな部活動が一段落する合宿の最後に、黙々と山に登りながらとか、部活が終わってぽっかり時間が空いたときに考えて考えて、ああこれはもうだめだって思った。
お父さんのことに関するもやもやを、それまでにも岸田くんにはたまにぽつぽつ話していて、
別れる前に話した時に言われたのは、そういう負の感じの私に岸田くんは声をかけにくかったし、私が会おうよって言ってもすこし気が重くなったりしていたようで。
ちゃんと支えろよ岸田!と思ってしまうんだけど、やっぱりわたしが重かったのかー。
でもそれはさあ、重いとか、そういうふうに捉えられてたのはすごくショックだよ。
じゃあうんと元気でいればよかった?って思う。無理だよ。
家族とか友達とかそのほかの前で元気に頑張りすぎていっぱいいっぱいでも、落ち込んだ顔で岸田くんに会うのは絶対によそうって思っていたし、
でも岸田くんの前ではほんの少しだけ本当の顔をしてもいいよね?許してくれるよね?って思ってた。
向こうにはそこまでの受け入れ体勢はなかったんだな。
わたしとしては少しだけ話をきいてくれるだけでよかったしほんとうになんでもない心配りが少しほしかっただけなんだけど。
岸田くんは岸田くんで部活が嘘みたいなハードスケジュールでちょっと面倒なことを考える余裕はなかったのかな。そういう気持ちのずれが原因。
これ以上一緒にいても自分が辛そう、って思ったし、この選択は間違ってないと思ってる。
別れても、会ってなんでもないこと話せば今までと変わりなく楽しいんだろうなって言われてたしかにそうだろうなって思った。でも私はしばらく会えそうにないや。
高校からのほぼ3年間を一緒に過ごして、すごくいい時間を過ごしたなあって思えるのは自分でいうのもなんだけどすてきだと思う。
ほったらかしすぎたしいろいろ後悔してるって言われたけど、本当に縁があったらきっとどこかでまた会うのだろうし。
時期やタイミングが違っていればきっとうまくいっていたのだから、これからは恋愛に限らずそういうアクシデントに強くならないと。
ほんとうに人も気持ちも時間も流動するから、時期とかタイミングがほんとうに大切。
これから出会う人も今までの出会いもちゃんと大事にできるように意識しようっと


岸田くんと別れた次の日からまる2週間、ひとりきりで母の実家に行ってきた。
おじいちゃんもおばあちゃんも、東京に残った家族も、いい具合にほうっておいてくれてよかった。
最初の3日くらいは、岸田くんのことをひとりでぐるぐる考えたりして、息を吐いて吸い込むまでが本当に辛かったけど
綺麗な景色を見に行ったり美術館めぐりをしたり、おいしいごはんを作ったり食べたりしながらお父さんの書斎から持って行った本を何冊も読んでいるうちに落ち着いた。
本屋さんでよしもとばななさんの「もしもし下北沢」が目にとまって読んだら、状況は違えど主人公は私と同じく父親を亡くしていて、ちょっとしたもやもやというかこういう気持ちすごくわかるなって部分がたくさんあって救われた。
主人公のよっちゃんと同じで、わたしはきっとお父さんが亡くなって普通に恋愛できる状態ではなかったのかもしれないなって思った。そしてそういうことをちゃんと見抜いて理解してくれる新谷くんがわたしにはいなかったってことだ、とか勝手に解釈して納得してる。
いつも、これでいいのだって胸を張っていたいし、とにかくわたしは今までよくがんばったって思うことにする。
いいことは必ずこれからあるし、もしかしたら素敵な人ができるかもしれないし。
それまで今までちゃんと向き合えてなかったもやもや(主にお父さんのことだけど)と対峙して、自分なりに納得しようと思います。