2010-05-26 一つのメルヘン 言葉 秋の夜は、はるかの彼方に、小石ばかりの、河原があつて、それに陽は、さらさらとさらさらと射してゐるのでありました。 陽といつても、まるでけい硅石か何かのやうで、非常な固体の粉末のやうで、さればこそ、さらさらとかすかな音を立ててもゐるのでした。 さて小石の上に、今しも一つの蝶がとまり、淡い、それでゐてくつきりとした影を落としてゐるのでした。 やがてその蝶がみえなくなると、いつのまにか、今迄流れてもゐなかつた川床に、水はさらさらと、さらさらと流れてゐるのでありました…… 一つのメルヘン/中原中也